ジャガー横田さん一家離散の壮絶な幼少期を告白 ナインナインアンサー

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ジャガー横田さんは、長与千種さん、ライオネス飛鳥さんら、クラッシュギャルズと同年代に活躍していたレスラーでしたね。

当時、1980年代の女子プロレスブームはとにくかくすごかったことを覚えています。ジャガーさんは、1977年デビューして1986年に引退しました。

その後、女子プロレスブームが去り、現役時代には月収500万円だった彼女の収入は、生活苦になるまで追い込まれてしまいます。

その壮絶な半生記をジャガーさんは、著書「人生、何が起こるかわからない」で語ってます。

その後、知り合った医師 木下 博勝さんと結婚。エリート医師との結婚もさながら、45歳で初産を自然分娩して世間を驚かせました。

実は、ジャガーさんの幼少期には著書でも語ることのなかった壮絶な過去があったようです。

ジャガーさんは東京荒川区で4人姉妹の末っ子として生まれます。

そこでの生活は凄惨なものだったようです。酒乱の父は刃物で母を切りつけ、ついには一家離散になってしまったとか・・・。

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ナインナインアンサーでは、その壮絶な過去を再現ドラマで紹介しました。

ジャガー横田さん一家離散の壮絶人生

ジャガー横田さんは、1961年東京都荒川区に4女の末っ子として生まれました。

父はとび職で、酒乱でした。酒を飲んでは暴力する父に母はいつも殴られていたそうです。

そんな地獄のような生活から逃れるため、母は娘を連れての心中未遂を起こしたこともあったそうです。

子供にも手をだすようになった父から、子供を守るため母はついに離婚を決意します。それを聞いた実父は激怒し、なんとのこぎりで母を切りつけたそうです。

母は家をでていくことを決意しますが、4人は育てられないため長女と次女は父の元に置いていかざるを得なかったそうです。

そして一家はバラバラとなります。離婚から5年後、父は病気になり41歳で息を引き取ります。

ジャガーさんは、別れた姉たちに父のことを初めて聞きます。実は、父は酒を飲まないときには、毎日マーブルチョコを買ってくるやさいしい父だったそうです。

父は、母と別れてすぐに病気になり、姉二人は別々の施設に引き取られ育ったそうです。

一方、母は2人の娘を育てるため、居酒屋で働き始めました。そこで母より11歳年下の新しい父を得ることになります。

ジャガーは、新しい父をなかなかパパと呼べなかったそうです。実は、名前が変わったことで、ジャガーさんはイジメにあっていて、その原因として父を恨んだこともあったそうです。

そんな父は、ジャガーさんをイジメから守るため、学校に抗議しに行ってくれたそうです。

それをきっかけに、ジャガーさんは父を認めるようになります。

母はジャガーさんを産んだ後子宮を摘出していて子供を産めない状態だったそうです。父は、それを知っていた上、50年間家族を見守ってくれました。

ジャガーさんは、今まで父も母もとっても可愛そうだと思っていたそうです。母が亡くなって7年がたち、ジャガーさんは、初めて父にその気持を聞きます。

父は、母が大好きだから結婚したと、うれしそうに話してくれました。そして、キレイな4人の娘がいて本当に楽しい人生をおくらせてもらっていると感謝の言葉がありました。

母の遺言として小さなダイア4つがついた指輪の石を、4人の子供に分けて渡して欲しいとの話を父からききます。

それは、娘たちをいつまでも守りたいという母の思いでした。

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ジャガーさんの家族は、大人になってから本当に仲良く幸せに暮らしています。

ジャガーさんは今母となり、昔の母と父のように愛情たっぷりに子供を育てているそうです。


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