谷村新司さん人生の転機 55歳の空白を告白 団塊スタイル

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谷村新司さんは、堀内孝雄さん、矢沢透さんの3人で1971年にアリスを結成。その後、数年の下積み経て、1975「今はもうだれも」が大ヒット。

以降、「冬の稲妻」や「チャンピオン」「昴」など、私たちの青春のBGMを提供し続け、日本のトップグループとして活躍してきました。

1982年にソロ活動になってからも、名曲「サライ」を加山雄三さんとの共作で発表。この曲を聞くと、夏の24時間テレビのエンデイングを思い出しますよね。(^^)

ちなみに、「サライ」はペルシア語で、「宿や家」という意味だそうですよ。

谷村新司さんは、もう40年以上も、常に第一線で活躍されているんですね・・。

ギター

と、思っていましたら、実は55歳のとき、心に空白が生まれ、突然コンサート活動を中止したことがあったそうです。

それは、奥さんのある一言がきっかけだったとか。その言葉をきっかけに「自分の心に喜ぶことだけを求め、自分の生き方を見つめなおし」人生をリセットしたそうです。

谷村さんは1948年生まれですから、55歳のときは2003年頃。当時の活動を調べてみると、確かに空白。

2004年には、なんと、中国・上海音楽学院で教授、曹洞宗の檀徒という姿も見られます。

谷村さんの心に大きな転機が訪れた55歳、はたして何があったのでしょうか。その全てを明らかにしてくれます。

谷村新司さんの人生の転機

谷村さんは年間100回を越すコンサート、中国、シンガポールなどの海外公演などで、身体に大きな負担を与えていました。

54歳のコンサートツアーの時、ついに帯状ほう疹を発症します。当時の谷村さんの身体は、目を背けるほどだったそうです。

そんな谷村さんに奥さんが声をかけます。「今までの生き方がすべてじゃないかもね」この一言が、谷村さんの心に大きく響きました。

そして、人生をリセットしたいと素直に思ったそうです。そして、コンサート活動を中止。時間の束縛から開放されました。

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たっぷり帰ってきた時間を、神保町の古本屋で過ごしました。古代史に興味をもち、専門誌を買い込んで読みあさりました。

「世の中の根源を知りたい」と思い、色々な本を読んだそうです。人生ではじめて、時を忘れ心の赴く間に過ごしたそうです。

人は、与えられたものがパッと外れたとき、人は何をしていいかわからなくなります。谷村さんの今までの活動を外したとき、したいと思ったことは、本を読むことでした。

それは、単に知識欲のためではなく本を読み何かを知ることの喜びだったそうです。そんなとき、中国・上海音楽学院での教授就任要請がありました。

谷村さんは中国で教壇に立つことを決意します。教えたのは現代音楽。古典と技術が中心の中国で「ゼロから音楽を作り出すこと」、「伝えることの大切さ」を教えました。

そして、8年前からライフワークとして、音楽のこころを伝えるための「こころの学校」を開催、全国各地をまわっています。

「心の学校」とは、音楽を楽しむ心や感動するこころを伝えるためのコンサートだそうです。

シニア世代へのアドバイスとして、「これからは誰かと比べる人生でなく、自分のこころが喜べる人生を送ること」

「その喜びは、身体の声を聞いたり、心の声を聞いたりして自分自身で見つけること」が大切だといいます。

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「心の学校」は100歳を超えるまで続けていきたい・・とおだやかな笑顔でお話されていました。


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