高田みづえの娘アイリさんが初めて知る母の上京と引退秘話

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高田みづえさん、久しぶりに拝見しました。それも、娘アイリさんと一緒です。

高田みづえさんは、現在55歳。私たちと同世代ですね。お元気そうでなによりです。

みづえさんが1976年フジテレビのオーディション番組『君こそスターだ!』で優勝した場面、懐かしく思い出します。もう、40年も前のことなんですね。

「硝子坂」でデビュー、「私はピアノ」で再ブレイク。あのころは、みづえさんの歌を良く歌いました。

そんなみづえさんも、結婚と同時に芸能界を引退しました。と言うのも、結婚した相手が、なんと相撲界の人気イケメン力士「若嶋津」だったんですね。

当時は、その話題で持ち切りでした。若嶋津さんと結婚後は、松ヶ根部屋(現・二所ノ関部屋)のおかみさんとして、立派に努めている姿は時々テレビで紹介されていましたね。

相撲部屋のおかみさんと言えば、力士たちのお母さん役もあり、重要な任務です。きっと人には言えない苦労があったと思います。

今回、私の何がイケないの?の番組内で、娘アイリさんとともに出演し、「上京し、結婚、引退、相撲部屋のおかみさんになるまで」アイリさんの知らない秘話を告白します。

親方とみづえさんには、2人の子どもがいて、2人とも成人しています。長男 勝信さんは俳優として、今回みづえさんと番組に出演したアイリさんはモデルや舞台女優として、どちらも芸能界で活躍しています。

そんな子供たちも知らなかった母の秘話。私たちも知らなかったみづえさんの色々な苦労を本人が語ってくれました。

高田みづえさんの芸能界引退秘話と親子のプライベート

みづえさんとアイリさんは、相撲部屋と自宅を兼ねた家に住み、ファッションセンターしまむらで買い物をする庶民派です。

親子でとても仲良く暮らしています。いつもは、相撲部屋のおかみさんとして忙しい日々ですが、相撲が地方場所の時には、2人きりの束の間の休息があり、仲良くお酒を酌み交わします。

そんな時、娘と母は、初めて「仕事」の話をします。

現在、アイリさんは、女優として舞台に立っていますが、みづえさんから言わせるとまだまだ甘いそうです。

と言うのは、みづえさんは、ど根性で夢を叶えたからです。

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みづえさんは、歌が大好きで、子供のころから歌手になるのが夢でした。高田さんの実家は、かまどでご飯を炊き、川で洗濯し、お風呂は戸外の五右衛門風呂と言うど田舎でした。

小学3年生から7年間、朝の6時から新聞配達をし、そのお金で、鹿児島市内まで歌のレッスンに通いました。

その努力が実って、東京のオーディション番組で次々と勝ち抜きチャンピオンに。シンデレラガールと言われ、親元を離れて単身東京に出たのが16歳でした。

2年間連続で紅白出場を果たしますが、3年目に落選の屈辱を味わいます。その時は、東京に居ても誰もいないし、実家に戻りましたが、悔しくて家族と一緒に紅白を見ることができず、東京に帰り、1人で紅白を見たそうです。

絶対返り咲いてみせる!そして、「私はピアノ」が大ヒットし、見事に紅白歌合戦にカムバックします。

無駄遣いはせずに、21歳で故郷の両親のために家を建てることで、芸能界で成功したい夢を叶えたみずえさん。

努力を重ね芸能界での成功をおさめたみづえさんにとって、アイリさんの仕事の姿勢は、のんびりしたものに見えたそうです。

好きなことをやらせてもらっている感覚のアイリさんが、中途半端に見えると言います。

芸能界を生き抜いた母だから言える厳しい言葉ですが、「楽しんで、後悔しないで、充実していればそれでいい、アイリの人生だと思っている」と厳しくも優しい言葉を送ります。

みづえさんは、アイリさんの良き理解者であり、アイリさんの一番のファンだそうです。

芸能界を引退したことについて聞くと、芸能界を引退するより、歌手を止めることに悩んだそうです。しかし、8年間やった歌より、若嶋津関を選んだみづえさん。後悔は何もないと言います。

芸能界はそんな簡単ではないことを一番知っているのは母であるみづえさんですが、アイリさんを優しく見守り、いつかは結婚して子供でも生まれたらいいなと言っていました。

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今回、母と初めて本音で話し合い、アイリさんは芸能界を続ける覚悟が以前よりもっと強くなったようです。


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