石川セリさん衝撃の出生の秘密 アメリカの父に会いに

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石川セリさんは、私たちと同年代。昭和47年にヒットした、「八月の濡れた砂」は、とっても印象に残った歌ですよね。ゆっくりしたバラード調の歌は、今でも口づさむことができます。

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石川セリさんは現在、63歳。井上陽水さんと1978年に結婚し、1男2女をもうけました。

結婚後、芸能界にはほとんででませんでしたが、1995年に世界的な現代音楽作曲家の武満徹さんの書いた曲を歌って話題になりました。

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武満さんが「どうしてもサラさんに歌ってもらいたい・・」ということで実現したとの話しを聞いたことがあります。最近は、娘での依布サラサさんと一緒に番組にもよくでていますよね。

エキゾチックな雰囲気の石川セリさんは、米国人の父と日本人の母の間に生まれたハーフです。戦後から7年の1952年、相模原で生まれました。

当時のハーフは、今とはまったく違っていて、いろんな意味で大変な時代でした。そんなこともあってか、石川さんは、これまで「父に捨てられた・・」をいう想いをずっと抱いていて生きてきたようです。

セリさんは、「 爆報!THEフライデー」の企画で 父の住むアメリカを訪ねます。そこで父と奇跡の再会を果たし、衝撃の出生の秘密を知ります。

爆報!THEフライデーで紹介された石川セリさんの出生の秘密

石川セリさんは、1952年神奈川県相模原生まれ、両親に可愛がられて育ちました。自分だけ外国人のような顔に疑問を持った時もありましたが、美形の母親に似ているのだと思い込み、18歳まで家族仲良く暮らしました。

しかし、18歳の時、お手伝いさんの言葉をきっかけに真実を知ることになります。

実は、彼女は、米軍基地でタイピストとして働いていた母と米軍兵士との間に生まれたGIベイビーでした。父アーサー・ダイアスは、アメリカに婚約者がいたため、二人を残して日本を去りました。

その後、セリさんの母は、日本人の男性と再婚し、2人の妹と2人の弟が生まれます。セリさんは、母親とは確信に触れた話ができず、「捨てられた現実」を受け入れ、父への思いを封印します。そして、一人で生きることを決心し、19歳で歌手デビューします。

1978年、25歳で井上陽水さんと結婚し、3人の子供に恵まれたセリさん。セリさんは、自分の今ある状態に感謝して生きるべきと思い、実父のことは忘れようと努力しました。

思わぬ形で実の父と出会うことに

2004年、セリさん51歳の時、生死をさまようほどの大病をします。初めて胸に違和感を感じた半年後、タクシーに乗った瞬間、胸の強烈な痛みで気絶してしまいます。

病院に運ばれたときは、脳が酸素不足で危篤状態。セリさんの病名は、急性大動脈解離でした。

急性大動脈解離とは、心臓からの大動脈の壁に亀裂が入り、血管がはがれる疾病です。高血圧の人に多く、血管が破裂したら死に至る恐ろしい病です。

セリさんは、脳の損傷を避けるために体温を20度にし、大動脈を人工血管にする大手術を受けます。手術が成功しても3年から5年生きられる人が60%~70%と言う病気です。

セリさんが、生と死の境をさまよっているとき、軍服を着たアメリカ人が、3、4回 毎日毎晩現れました。現れたのは、父アーサー。父は、「頑張れ セリ。セリを一番愛している」と日本語で言ったそうです。

その体験を境に、徐々にセリさんは回復し、5年生存率70%からの復活を果たしました。それ以来、父のことが頭から離れず、7年後、セリさん58歳の時に、とうとう父の居場所を突き止めます。

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知人を通じて、実父の居場所を見つけ、父の情報が載っているSNSのサイトにアクセスしました。しかし、父アーサーはすでに亡くなっていました。

本当の父のお墓参りだけでもしたいと思ったセリさんは、アメリカに渡り、アーサーの家族と会うことに。

そこには、セリさんが思ってもいなかった驚きの真実がありました。父アーサーは、セリのことを家族に話していました。セリと会う機会があったら、その時は、兄弟として暖かく迎えてほしいと言っていました。

また、妻にもセリの存在を伝え、「セリに会いたいけど、彼女たちの幸せを壊してしまうから、会うことができない」と語っていました。

また、セリに対する愛の証として、腕に「セリ」と名前を彫り亡くなるまで心配してました。

さらに驚くことに、父が亡くなったのは、セリさんが生死の境をさまよっていた2004年の9月でした。それは、父が夢に現れ、セリさんを励ましてくれた同じ日でした。

「色々ミラクルな出来事ってある」とセリさんは語ります。

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セリさんは、父アーサーが使っていた腕時計とカフスボタンを譲り受け、父のお墓へ。父と娘は、時間と海を越え、固くつながっていました。


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