佐伯チズの壮絶人生 43歳で突然白髪・精神錯乱・自殺未遂

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佐伯チズさんと言えば、真っ白な美しい肌を持つ美のカリスマ。70代とは思えないすっぴんで、羨ましい限りの美肌の持ち主です。

そんな佐伯さんですが、実は壮絶な過去の持ち主。爆報!THEフライデーで彼女の全ての過去を告白しました。

佐伯さんは、1943年中国で生まれます。まだ小さい子供の頃、生みの親が愛人を作り出て行ってしまったため、祖父に育てられることになります。

祖父の元から、学校に通い、OLとして働きながら美容専門学校で学び、専門学校を卒業後は、1967年にゲランに入社、1988年にパルファン・クリスチャン・ディオール入社します。

その後、美容をアドバイスする「サロン・ドール・マ・ボーテ」を東京品川に開設しました。

そんな美容界で活躍してきた佐伯さんですが、私生活では苦労が多かったようです。

まず、結婚した相手佐伯有教さんは、名家の長男であったため佐伯さんの親族からは良く思われなかったそうです。

流産を経験の後、夫である佐伯有教さんは、肺がんで亡くなってしまいます。頼れる夫を亡くした佐伯さんは、大変落ち込み、夫の遺骨を食べて過ごしていたそうです。

また、43歳のある日、突然髪の毛が真っ白になり、肌もボロボロ、老婆のようになってしまう経験をし、精神が落ち着かず、引きこもりになったり、あげく自殺未遂までも起こすようです。

このような壮絶な人生を送ってきた佐伯さんですが、今とても充実した人生を送っています。

佐伯さんに限らず、人生は本当に色々なことが起こります。佐伯さんがどうやって苦難を乗り越えて来たのか、私達の生き方の参考にしたいですね。

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佐伯チズさん(71)壮絶な過去

美のカリスマとして、だれでも知っている佐伯チズさん(71)。誰もが羨む成功者であるはずの彼女は、「自分の過去は、限りなく黒に近いダークグレー」だと語ります。

1943年 チズさんは中国の満州で生まれます。終戦で日本へ戻る中、父親が愛人と駆け落ちしてしまいます。

帰国後、お母さんは、チズさんを闇米取引をしながら育てますが、9歳の時、祖母の家にチズさんを残し、お母さんもまた、駆け落ちしていなくなります。

チズさんは、自分は自分の子供に愛情をいっぱい注いで愛する夫と絶対壊れない家庭をつくること決意したそうです。

1963年 夫となる佐伯有教さんと出会います。有教さんは、チズさんの美しさをいつも褒めてくれるやさいしい理想の男性でした。

1967年 24歳で有教さんと結婚。幸せいっぱいの毎日。夫へのマッサージは、チズさんの幸せを感じる瞬間だったそうです。

しかし、その後チズさんに、次々と不幸が襲います。

1970年 結婚から3年、27歳のとき子供を授かりますが、2ヶ月で流産。子供ができにくい体質であることを知ります。

1976年 33歳のとき、玄関の扉が強風でしまって、マッサージに大切な左手中指を切断してしまいます。

1983年 40歳のとき、夫有教さんに肺がんが見つかります。末期状態で膵臓へも転移、脳に転移し53歳で亡くなってしまいます。

再び天涯孤独になってしまったチズさんは、夫を亡くした深い喪失感で心が壊れてしまったそうです。

そして自殺未遂、引きこもり・・、「夫をすべて自分の体にいれよう」と有教さんの骨を食べながら一歩も外にでない、異常な日々を過ごします。

その結果、43歳で自慢の黒髪は白髪に、夫が愛してくれた美しい顔もボロボロで、哀れなおばあさんになってしまったそうです。

これではいけない・・チズさんは、夫の愛した顔に戻りたいと、自分の顔のマッサージを始めます。1年後の44歳、チズさんは美肌を取り戻します。

「夫に愛された美容法を世に広めたい」立ち直ったチズさんは動き始めます。それから30年、チズさんは美のカリスマとして成功をおさめました。

チズさんは、いまでも夫の遺骨を肌身離さず、どこに行くときも持ち歩いているそうです。

そうすれば、夫と毎日話しができるから・・。自分がなぜ綺麗でいたいのは、「きれいなチズが好きだよ」と言ってくれた夫のためだと言います。

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30年たっても夫を愛し続け、夫のために輝き続けているチズさん。人を愛する本当の姿が、チズさんの美しさの下にあったんですね・・。


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