元JAYWALK中村耕一覚せい剤からの復帰 爆報!THE フライデー

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ロック・バンド、元JAYWALKの中村耕一さん、ご存知ですか。1993年、『何も言えなくて…夏』が100万の大ヒットし、NHK紅白歌合戦にも出場しました。

何も言えなくて…夏

中村さんは、俳優でも十分に通じる渋目のかっこいい系。でも、人生はトラブル続きだったようです。

中村耕一さんは、1951年生まれで、現在は63歳。
今までの人生を振り返ってみると
1977年 26歳 大麻取締法違反で逮捕
1981年 30歳 JAYWALKを結成
1993年 42歳『何も言えなくて…夏』が大ヒット
2007年 56歳 時銃刀法違反疑で書類送検
2010年 59歳 覚せい剤取締法違反(所持)で逮捕
懲役2年、執行猶予4年の有罪判決
2014年 63歳 執行猶予完了

2010年の逮捕で、CDやコンサートもすべて中止になりました。まさしく、今のASUKAさんと同じ状況に追い込まれました。

そして、2014年ようやく執行猶予4年を迎えました。番組は、執行猶予が完了する、その瞬間に密着します。

中村さんを支えてきたのは、妻であり名古屋ラジオ局のパーソナリティで活躍してきた、矢野きよ実さん。その矢野さんは、夫の再犯の恐怖とストレスで自分自身もガンに‥。

中村耕一さん覚せい剤からの復帰

中村さんは、1年以上覚せい剤を常習していたとして2010年に逮捕されました。そして下れた刑は、懲役2年、執行猶予4年。

その瞬間から家族は、国民的歌手の家族から犯罪者の家族として、世間から厳しい環境に追い込まれました。

当時、矢野きよ実さんは、名古屋で週6本のレギュラーを抱えていた人気者。しかし、中村さんと内縁関係にあったことが暴かれ仕事は激減し、ラジオのパーソナリティ2本だけになってしまいました。

さらに、矢野さん自身にも覚せい剤疑惑がかかり、潔癖を証明するため自ら警察署に向かい尿検査をしてもらい、記者会見を開きました。

中村さんが覚せい剤に手を出したのは、ヒット曲をかけなくなったプレッシャーからだといいます。

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矢野さんがはじめて、警察署に拘留された中村さんを訪れたとき、何故中村さんの苦しさを気づいてあげられなかったのか・・と自分を攻めたそうです。

夫と子供を支えるために一生懸命に働くも、近所、周辺から嫌悪され、一時は死のうとまで考えたそうです。

さらに、夫の覚せい剤再発の恐怖と、ストレスの毎日で自分自身も肺腺がんを発症してしまいます。

矢野さんの肺がん手術は6時間にも及び、肺の2/3を摘出しました。

逮捕から4年間、中村さんは主夫として毎日を過ごしています。ゴミ出し、買い物、料理、普通の生活に戻るため、毎日、一歩づつ、執行猶予の日を目指して積み重ねてきました。

そして、2014年5月26日午後0時、待ちに待った執行猶予の瞬間は静かに訪れました。

その瞬間、矢野さんは号泣、そして息子さんは、父中村さんと静かに抱き合いました。

「長い4年間だった・・。本当によく私たちのところに戻ってきてくれた・・。大きな良い事なんか何にもいらないので、何ごともなく毎日・・無事で普通に暮らせたら・・それでいいです・・。」と泣きながら語る矢野さん。

「家族ってこうなんだな・・って初めて知りました。やっとスタートラインに立てました・・」と家族への感謝を胸に中村さんは静かに語りました。

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お二人とも、私たちと同世代なんですよね。人生は本当に、予期せぬことが次々と起こります。それを一歩一歩、乗り越えて行かなくてはならないんですよね。

人生は、思ったときがスタートです。頑張ってくださいね。


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