松尾和子さん謎の転落死と長男覚醒剤逮捕 爆報!THEフライデー

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私たちの年代なら、だれでも知っている松尾和子さん。カラオケでも「東京ナイト・クラブ」や「誰よりも君を愛す」は定番中の定番曲ですね。

松尾和子さんは1935年生まれ。1959年にフランク永井さんとのデュエット曲「東京ナイト・クラブ」で大ヒット。

翌60年には、和田弘とマヒナスターズ との「誰よりも君を愛す」でムード歌謡の女王の地位を確立しました。

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女優としても「池中玄太80キロ」に出演、活躍していたのですが、1991年、息子政和さんが覚せい剤取締法違反で逮捕されます。

次々とでてきた、松尾さんの息子に対する異常な溺愛ぶりにマスコミは、事件の一端は松尾さんにもありと指摘。松尾さんは苦境に立たされてしまいます。

1992年2月、息子政和さんは実刑判決をうけ服役。事件は、その半年後におこります。

当時、松尾さんは甥御さんと一緒に生活していましたが午前3時頃、自宅階段から転落してしまいます。

松尾さんは階段の下で倒れていたのですが、声をかけると「大丈夫」と応えたため、救急車を呼ばなかったそうです。

しかし、その日の昼に様態が急変し、亡くなってしまいます。死因は「硬膜下血腫」でした。

当時、松尾さんは、借金7億4千万を抱え、アルコールと睡眠薬に頼った生活だったそうです。そこに、息子さんの逮捕で、さらに依存度が高まっていたとされています。

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息子さんは、母の死を刑務所で知り所内で焼香したそうです。松尾さんの借金は、自宅を売却と生命保険で返済されます。

出所後、息子さんは、松尾さんの甥である従兄を松尾さんの財産の使い込みとして訴えます。

そんな息子の政和さんも、2年前に亡くなったそうです。松尾さんが亡くなったのは57歳。まだまだこれからの人生でしたね。

松尾さんの歌は、発売から50年たった今でも愛され歌い続けられているんですね。
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松尾さんは結婚から8年後に離婚しますが、その時息子にだけは不憫な思いはさせないと心に誓います。

その誓いは、曲がった形で息子に届きました。松尾さんは、息子が欲しがるものは全て買い与え、息子のためなら惜しまずお金を使いました。

また、息子が暴走族に所属していた時は、息子のバイクで一緒に暴走しました。のちに松尾さんは、それが間違いだったと気付いたそうです。

また、松尾さんの死はもしかして自殺ではないか?と言われましたが、それを打ち消す物が残っているそうです。

それは、死の週週間前に松尾さんが書き上げた詩にありました。それは詩の最後の文「強く生きます」と言う松尾さん自記筆の手紙。

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そこには、更生して出所する息子と一緒に生きていく強い意志が感じられたそうです。


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