ジョニー 大倉さん肺がん余命2週間からの復帰 爆報!THE フライデー

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私たちの青春時代に、一世を風靡した、伝説のバンド「キャロル」。矢沢永吉さんを中心とした彼らの姿は、本当にかっこよかったですね。キャロルにあこがれ影響をうけ、新しいバンドが続々誕生しました。

キャロルで作詞とギターを担当していたのがジョニー 大倉さん。キャロル解散後は、ソロシンガー、そして
俳優として多くの映画にも出演していました。

その後、ホテルから転落事故、隠し子騒動、家庭崩壊など、壮絶な人生ドラマが彼と、彼の家族を待ち受けていました。

2009年に、悪性リンパ腫を公表、さらに2013年6月には肺がんが見つかり、余命2週間を宣言されました。

ジョニー大倉さんの肺には14個のがんがあり、最大15センチのものもあったそうです。

末期ガンのため手術はできず、抗がん剤による治療を開始。1日12時間×5日の抗がん剤治療を4クール行い、歯をくいしばって耐えた治療で、ガンは2センチの大きさまで縮小しました。

ジョニー大倉さんの復帰コンサート

そして、ジョニー大倉さんは、2014年、1975年にキャロルが解散した4月13日に、東京銀座で復帰コンサートを開催しました。

車いすでステージに立ちながらも熱唱、伸びのある歌声は健在だったそうです。

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破天荒のジョニー大倉さんの人生を支えてきたのは、40年間連れ添った妻まりこさん。でも、まりこさんは、昔のことはもう思い出したくないと言います。

ジョニーさんとまりこさんとの出会いは1971年。売れない頃から、OLとスナックで働きながらジョニーさんを支え続け、その後籍を入れないまま息子さん3人を出産しました。

売れっ子になったジョニーさんは家にまったく戻らず、3人の息子も家庭のことも、全てほったらかしだったそうです。

その後、ジョニー大倉さんは、1987年には自殺騒動、隠し子騒動など次から次とトラブルを起こし、家族を事件に巻き込んでいきます。

まりこさんは、今でも思い出しただけで極度の緊張とストレスが襲い、体調を崩してしまうほど壮絶な過去だったようです。

2013年6月、ジョニー大倉さんは、末期の肺ガンで余命2週間を宣告されます。

生きることを諦めていたジョニー大倉さんに、まりこさんは「ロックンローラーでしょう!」と怒ったそうです。

その言葉を聞いたジョニーさんは、食事もするようになり、もっとも強い抗がん剤で治療するようになり、奇跡的にがんが2センチまで小さくなりました。

今ジョニーさんは、「ぬくもりの感じられる家族に囲まれながら、もう少し生きてみようかな・・・と思っている」と静かに語ってました。

まりこさんは、「それは、とっても難しいこと。でも彼はやさしい人です」と答え、奇跡を信じてジョニーさんの闘病を支えています。

実は、キャロルの名曲「ファンキーモンキーベイビー」は、まりこさんと付き合っていた当時に、まりこさんを思いジョニー大倉さんが書いた詩だそうです。

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伝説のバンド、キャロルのギターリスト ジョニー大倉さんが2014年11月19日肺炎のため 62歳で亡くなりました。ご冥福をお祈り申し上げます。


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