極妻作家の家田荘子さんの壮絶人生 高野山の僧侶に 爆報!THEフライデー

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家田荘子さん、ノンフィクション作家、コメンテータとして活躍されてました。

家田荘子さんは、1958年生まれですから今年で57歳。私たちの人生もいろいろありましたが、家田さんの人生は、とにかく壮大なスケールです。

大学卒業後経験した職業は10種類以上。日本人2人、外国人1人との結婚と離婚。その間、ノンフィクション作家、女優、コメンテータとして次々と話題作を提供してきました。

極妻の取材では、暴力団への枕営業の疑惑まで噂された家田さんが、僧侶の道に入ったのは2007年のようです。

同じような壮絶人生を過ごし僧侶になられた、瀬戸内寂聴さんの生き方に刺激されたのかもしれませんね。

現在、家田さんは高野山で修行しながら、9度のお遍路など僧侶として着実な人生を歩んでいます。2014年からは、高野山本山布教師として法話を行っているそうです。

4月17日放送「爆報!THEフライデー」では、家田さんの壮絶な女人生が紹介されました。

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ここから爆報!THEフライデーの紹介内容です

57歳の家田さんは、高野山真言宗の僧侶になってました。修行時には、厳冬の水行も行うそうです。

かつて家田さんは、女性たちの厳しい現実を書き続けるノンフィクション作家として第一線で活躍していました。

代表作にもなった「極道の妻たち」は、実際暴力団幹部の家に住み込み1年半かけて取材。40万部をこす大ヒットになり、映画化され岩下志麻さんで大当たりします。

しかし、家田さんの成功に妬んだ記者たちが「寝さえすれば仕事がとれる」「ヤラセリポート」など家田さんをパッシングします。

当時夜の六本木で知り合った、米国黒人男性との結婚した家田さんの過去も暴かれ、そんなウワサの元にもなっていました。

家田さんは心がズタズタになり、手の震えや髪の毛が抜けるようになってしまいます。重度の自律神経失調症でした。

1989年、心の隙間を埋めるかのように、米国黒人男性と恋をし結婚します。米国に移り一人娘ジュリアーノが生まれますが、夫は浪費ぐせで家計にお金を回さず、家田さんの預金にたかるだけの男でした。

1993年、3歳の娘を現地に残して離婚。娘への親権を渡し、養育費を支払うことになります。

そして、今度こそは大丈夫と、1996年日本人会社経営者と三度目の結婚をします。しかし、結婚した夫には巨額の借金があり、愛人との間に子供をつくってました。

離婚後、そんな自分の人生を振り切るように、女性の立場を護る辛口コメンテータとして、仕事を選ばずがむしゃらに働きました。

しかし、自分の話す言葉の力に限界を感じ、弘法大師の言葉を学んで話ができたらと考えるようになり、僧侶への道を志し1999年高野山で修行の道に入ります。

2001年 高野山大学大学院に入学、7年間の修行の末、2007年住職の資格を取得します。

現在は、高野山布教師として、女性をサポートする活動を続けています。女性は、普通に笑って生活しているけど、皆重いものをいっぱい背負っているといいます。

これまでの苦労をよそに、家田さんは、なんと2001年に4度目の結婚をします。相手は、サービス業で働く一般の人です。

四度めの旦那さんは、「自分が食べさせる」と言い家田さんは今、夫に養ってもらっているそうです。

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現在は、関西で夫婦生活を送り作家活動しながら、僧侶活動のため高野山との往来しているそうです。今の家田さんは、当に幸せそうな顔をしてました。


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