小林千登勢さんを襲った骨の溶ける多発性骨髄腫とは 爆報!THEフライデー

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小林千登勢を覚えている方も多いと思います。女優としては、NHK「鳩子の海」では鳩子のお母さん役、「おしん」では奉公先の女将さん役。朝日放送の「おはようワイド・土曜の朝に」では14年間司会を務めました。

小林さんが亡くなったのは、2003年11月、多発性骨髄腫でした。多発性骨髄腫は、血液の悪性腫瘍の一つで、50歳以上の中高齢者に多く発症する病気です。

小林さんは、亡くなる6年前から体調を崩していて、3年前に、多発性骨髄腫と正式に診断されました。

多発性骨髄腫の症状は、腰、背中、肋骨などの痛みと、体のだるさ、めまい、動悸、頭痛、また、血小板が少なくなるため身体のいたるところで出血が見られるようになります。

しかし、小林さんは「できる限り仕事がしたい」と、亡くなる直前まで仕事を続けていたそうです。

今、俳優である夫、山本耕一さんは79歳。一人暮らしをしており、引きこもりになってしまったそうです。

おしどり夫婦として有名だった、小林千登勢さんと夫、山本耕一さんのお二人の人生が紹介されました。

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小林千登勢さんの死から11年。夫、山本耕一さん(79)は、六本木の5LDKのマンションに一人で暮していました。

妻に先立たれた夫は、ひきこもりになることが多いといいますが、山本さんもまた、朝仏壇に線香をあげ読書をするだけの毎日だったそうです。

千登勢さんが亡くなって11年、初めて千登勢さんの最後の闘いを語ってくれました。

千登勢さんは、60歳の時に受けた血液検査で、骨がとける多発性骨髄腫と判明、余命5年を宣告されます。

多発性骨髄腫は、全身の骨からカルシウムが溶け出し次第に身体の骨から軟弱化してしまう病気です。

骨の破壊が進行すると、体中の骨が日常の動作でカンタンに骨折。最後は、神経が圧迫され、体に障害を引き起こし死に至ります。

病名がわかって2ヶ月後、千登勢さんは、貧血や疲労に襲われます。医師は、抗がん剤をススメましたが、女優として生きるため髪の抜ける抗がん剤はいらないと断ったそうです

5年8ヶ月がたち骨が溶けはじめ、激しい腰痛で杖なしで歩くこともできなくなりました。それでも千登勢さんは、痛みを見せず「ぎっくり腰」と言ってテレビに出演しました。

5年11ヶ月、胸水が肺を圧迫し呼吸困難、排泄障害がおこります。しかし、千登勢さんは、かつらを被り死の2週間前までテレビや講演会の活動をしていたそうです。

小林千登勢さんは、2003年11月66歳で亡くなられました。

最愛の妻がなくなり、引きこもって10年。夫山本さんは、あることがきっかけで立ち直ります。

それは、亡くなってから決して見なかった家族のホームビデオです。そこには、病気で苦しい中にありながら、いつも笑っていた千登勢さんの姿がありました。

その笑顔は、千登勢さんからのエールに聞こえたそうです。それ以降、山本さんは前向きに生きれるようになったそうです。

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「人間とは、悲しいいことの方が多いのかもしれないけど、それを乗り越えて生きていくのが人間。私には千登勢より相性のいい女性はいない。生まれ変わっても、もう一度一緒になるんじゃないかな」夫、山本耕一さんは静かに語っていました。


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