松原のぶえさんの腎移植映像と仁支川峰子さんのがん闘病記 壮絶!芸能人闘病記

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松原のぶえさんの生体腎移植

1979年「おんなの出船」でデビューし、演歌一筋に活躍してきた松原のぶえさん(52)。

仲良しの北島ファミリーとして、テレビにもひっぱりだこでしたね。

松原さんは48歳の時、腎臓機能を失い3つ下の弟さんから、ドナーの提供を受けていたそうです。

実は、松原さんは、幼稚園のとき急性腎不全になり、入院したことがあるそうです。2週間ほどの入院で完治し、以降何事もなく過ごしてきました。

ところが、46歳の時、風邪をこじらせて肺水腫になり、それがきっかけとなり、急性腎不全が再発してしまいます。

病院に駆け込んだとき、松原さんの腎臓は人工透析が必要な状態になっていました。

それ以降、1回4時間、週3日の透析生活となってしまいましたが、松原さんの体は拒否反応を起こし、4時間の透析に耐えられなかったそうです。

透析で声はかすれ、歌手生命も終わりだな・・と思ったとき、弟さんから「腎臓を一つあげる」と言われたそうです。

散々迷った結果、その申し出をありがたく受け入れ、弟さんの腎臓を移植してもらいました。

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この手術の様子は、ドキュメンタリーとして記録されており、その一部が紹介されました。

弟さんとは血液不適合でしたが、腎臓は無事移植され腎機能が回復、歌手活動を続けることができるようになったそうです。

松原さんの「命が助かるヒント」は、体が赤信号を出し、病気の予兆を感じたら、我慢しないですぐに病院に行くことだそうです。

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●仁支川峰子さん(55)の甲状腺乳頭がん手術

私たちには、西川峰子さんの方が分かりやすいですよね。「西川」から「仁支川」と名前を変えたのが、2009年12月のこと。

1998年に台風で別荘が流されたり、2001年には隠岐島の町議会議員と結婚し、2009年に離婚と災難が続き、占い師のすすめで改名したそうです。

甲状腺がんが発見されたのが、改名した翌年の5月ですから、その御利益はあったのかもしれませんね。

甲状腺がんには、乳頭がん、濾胞がん(ろほうがん)、髄様がん(ずいようがん)、未分化がん(みぶんかがん)の4つがあり、乳頭がんは90%をしめています。

仁支川さんは「甲状腺乳頭がん」だったそうです。

仁支川さんの甲状腺がんは、ステージ2。末期ではなかったので手術で取り除くことになりました。幸い、声帯の神経まで進行していなかったので声に影響はありませんでした。

4時間にわたる摘出手術を受け、手術は大成功!。ところがその後、手術の合併症で患部から大出血をし、再び手術を受けることになります。10回も生死の境をさまよったそうです。

甲状腺は、喉仏のちょっと下にあり、触れることのできる臓器です。良く触ってみて、左右に差があったり、しこりに気づくようなら甲状腺の腫瘍の可能性があります。

仁支川さんの「命が助かるヒント」は、病気を受け入れ、私は大丈夫だと自信を持ち、前向きに戦うことだそうです。

演歌一筋の松原さんと、女優さんとして大活躍する仁支川さん、50代まで生きると、ホント人生いろいろありますよね~。
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松原さんも、仁支川さんも、50歳前後の発病です。この時期は、女性にとって大きく体が変化するときですので、みなさんも、おかしいと思ったら、早めに受診してくださいね。

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松原のぶえさんの闘病記 10月17日放送の爆笑フライデーは、こちらで紹介しています。


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