原千晶さんの壮絶がん治療 髪の毛がまだらに抜ける 主治医が見つかる診療所

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原千晶さん(41)は、1994年のクラリオンガールに選ばれ芸能界デビュー。

グラビアアイドル、映画「失楽園」の出演、テレビドラマ、ワイドショー、バラエティと幅広い分野で活躍していました。

そんな原さんに体の不調が襲ったのは、2005年、30歳のときです。もともと生理痛がひどかったそうですが、いつもより、1.5倍から2倍の痛みが下腹部におこりました。

下腹部全体がおもりを背負っている感じの「ドーン」とした重い痛みが続いていたそうです。病院で精密検査を受けたところ、子宮の入り口に1cmの腫瘍ができていました。

生理痛

その場で腫瘍の部分を円錐状に腫瘍を切り取ってもらい、検査してもらったところ、結果は悪性の子宮頸がんでした。

再発する可能性が非常に高く子宮の全摘出をすすめられました。原さんは、「子宮を失う、子供が産めなくなる・・」と愕然としたそうです。

母から「私より絶対に先に死んではダメ!」という言葉の押され、子宮摘出の手術を決意したものの、なんと手術日前日にキャンセルしてしまったそうです。

定期検査をうけていれば、なんとか乗りきれるのではないかと、月に1度の検査に通っていたのですが、2年経過した頃から、がんから逃げるように定期検査にもいかなくなってしまったそうです。

そして5年経過まであと1歩の時に、経験したことのない激しい痛みに襲われました。がんの再発でした。

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がんは「たちの悪いもの」になっていて、今回はリンパまで転移してしまっていました。すぐに子宮を全摘出しました。

また、リンパ転移していたため2種類の抗癌剤を、4ヶ月半投与することになりました。抗癌剤は、原さんをとことん苦しめたそうです。

全身に電気をあてられたような「しびれ」、さらに髪の毛が落ち武者のように抜けていき、肉体的、精神的にとことん追いつめられていきました。

それを支えてくれたのは、今の夫だそうです。当時は、まだ付き合っている段階でした。彼は長男だったため、子供の産めない嫁をもらうことになると、彼の両親に申し訳ないと相当悩んだそうです。

しかし、彼の両親に励まされ、平成22年に結婚することができたそうです。

原さんは、がんから逃げ切れると思ってしまったこと、逃げきれずに2回めの結果になってしまったこと、に対して今は本当に反省しています。

「がんと言われたら怖いから、病院へ行かない」という人がたくさんいます。しかし、それは大きな間違いです。

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「怖い病気だから、病院で検査し、早期治療する」その鉄則を絶対に忘れないでくださいね。


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