34歳で乳がん発病した新聞記者 がんサバイバー11年の軌跡 ハートネットTV

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新聞記者として第一線で活躍していた、本田麻由美さんが乳がんと診断されたのが34歳の時。2002年に結婚して4年目となり「そろそろ子供を・・」と思っていた矢先だったそうです。

右の乳房に痛みを感じ、触診すると柔らかい塊があり、専門医の診断を受けると、乳がんを告げられました。

腫瘍の大きさは2.5センチ。乳房温存を希望し手術をしましたが、周囲まで広がっていることがわかり、4ヶ月後に右乳房を全摘出。

さらに、2度めの手術の4ヶ月後、今度は胸にがんの再発があり、また手術を受けました。

そのため、新聞記者として最前線の現場にたてなくなり、自分の担当していたコーナーも、他の人に引き継がれてしまいました。

本田さんは、仕事からの疎外感と、再発と死にいつも怯え、何度も仕事を辞めようとしたそうです。

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そんな本田さんを救ってくれたのが、米国取材で知った「がんサバイバー」という団体の考え方です。

がんサバイバーとは、「がんが発見された時から命が尽きる時まで、サバイバーであり続ける」という意味で、ガンであっても普通に生きるんだということを誓い実践している人々です。

その団体では、なんとガンで手術した人を「コングラチュレーションズ・キャンサーサバイバー」(おめでとう!がんからの生存者!)と祝ってくれるそうです。

その言葉と前向きな発想に本田さんは勇気づけられ、手術から11年間生きてきました。

本田さんは、がんを隠すのではなく、自分らしく生きるための道を求め続ける「がんサバイバー」の考え方が大切だといいます。

「あと何年生きるかではなく、生きている今が大切で、今生きていることがスゴイことと思うこと」

本田さんの前向きで、力強い生き方に感銘しました。

自分がガンの宣告をうけ、手術をうけるようになった場合このような考え方ができるようになるのでしょうか・・。

でも、考えてみれば、生きることと死は一対であって、ガンによって死を意識させられるか、どうかの差にしかなりえないのですよね。

昔の武士、明治維新の人、戦争を経験した人は、生きている中で常に「死」の存在を意識させられてきました。

だからこと、生きる意味と、生きる価値、自分の存在をいつも考え、しっかり生きていたのではないかと思います。

自分の人生を輝かせるためには「死」の存在は、とっても大切な存在のような気がしてきました。

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平和な日本では、がんは命を一方的に奪うものではなく、命の価値を見なおさせてくれる、唯一の存在なのかもしれませんね。


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